boxingmaniaayalaのブログ

ボクシングマニア・悪童アヤラのページ

下の参照がわかる方にお勧め。

The G-man from Freeport Ilinois USA

Kronk Gold G.M 31W29KO3L His last fight at London in England/1995 He was 27.

速戦即決の「初回KO」男、G-man、We won't forget you☆忘れないぞ!!

ハーンズとケンティ・追悼☆偉人エマニエル・スチワート☆Kronk Gold Detroit☆享年68歳

みなさん、こんにちは、

参照した写真が。実際の、真の’拳友’’愛弟子’’兄弟’たちの努力の結晶、最高の瞬間。「フィクション」でも「架空」でもなんでもない「栄光」に「到達」した二人の闘士・勝負師ボクサー、感動の瞬間であります。兄弟子ケンティーがクエバスを見事地元でノックアウトして颯爽新チャンピオンに輝いた弟弟子ハーンズを祝福し栄光と成功を涙を流しながら抱きあって喜びをわかちあう場面です。

真の「クロンクジム」とフリッカージャブ、デトロイトスタイル:
私が住むトロントからだとデトロイトは車でわずか「4時間」ほど。この間アメリカにいったばかりなので(ちょっと都合上逆方向だったので断念)。まだ行ったことないので次こそ是非、たずねてみたい。ついでにそこからそう遠くないイリノイ州フリーポートでひっそり暮らすマクラレンの自宅も(今まで訪れたのは、故フレージャーとクーニーだけだとか)。


ー古いマニアの方々なら懐かしいだろうクロンクが生んだ数々の名選手たち・・・ハーンズとケンティを筆頭に、マクローリー兄弟(兄ミルトン(デビュー以来17連続KO、26連勝(22KO)1分け)カリー戦まで・弟スティーブ・ロス五輪金・14連勝(7KO)フェネック戦まで)それにマイケル・モーラー(デビュー以来29連続KO・38連勝(33KO)無敗)、ジミー・ポール(元ライト級王者(5度防衛)デビュー以来16連勝(15KO)・26勝(19KO)1敗ホーゲン戦まで・後にカムバックして元ソウル五輪代表の白人ホープ無敗のトッド・フォスターを7回KOで再起(次戦で当時戦慄的なメキシカン豪打者でKOの山を築いていたボリージョ・ゴンザレス(44連勝(43KO)無敗)に初回で粉砕されてしまいましたけど)。故デュアン・トーマス(元・ミドル級王者28勝(21KO)1敗アキノ戦まで・35歳で再起一戦(六回判定勝ち)直後不幸にもデトロイト市内(治安悪いんです)の路上で強盗に射殺・冥福を祈るまで)・・・さらにマクラレン(31勝(29KO)3敗・一回KO21・世界戦3連続KO防衛・14連続KO中ベン戦まで)・・・トニー・タッカー(29連勝(24KO)1NC)タイソン戦まで)、ジェーローム・コフィー(日本で葛西に判定負け)、ハリー・スニード(ルイシト・エスピノサに7回KO負け)・・・生え抜き子飼い以外でもフランク・テート、マイク・マッカラム、マーク・ブリーランド・・・上げればまさにキリがありません。結局は、ハーンズ(出たり入ったりの後半)以外、みんな離れていってしまいましたが。


ーみな、スチワート(元アマゴールデングローブ優勝)が現役時代。またアリ、ロビンソンのスタイルも混合させ編み出した黒人の優越な特性(長い手足とバネ・竹刀、跳躍力、体の柔軟性などなど)を最大限に「必殺」の速戦即決スタイル。


ー左ガードを下げ、遠い距離から強くて速い左ジャブ。即座にワンツーの連打。さらに左右ボディからアッパーからフックを上に返しまたジャブワンツーへと繋ぐ。相手の追従を許さないスピードと切れ味。まさに閃光きらめくようなスタイルに加えあの破壊力たるや・・・すざまじい戦慄的なボクシングでした。


ー現在はスチワートの甥が運営。我カナダモントリオールのハイチ出身二人組みのひとり。豪打一発すさまじいサウスポーの巨人スティーブンソンがもっとも著名(故スチワートに「一発の破壊力なら最強」といわしめた豪腕)。特に歴戦の元王者 を初回開始後わずか30秒、左一発で轟沈させた試合をお記憶のファンも多いと察します。


初期のクロンク・ケンティーとハーンズ:
ーまずバスケット選手を目指していた中学生のハーンズ(にしてはもう少し身長が足りなかった=188センチ)がクロンクに現れたときを故スチワートが回想していましたが、氏によると
「ウエイトはフライ級。蚊トンボのように痩せていてきみではムリだ」とはじめは断ったとか。でも熱意に負けて入門させた。アマでは徹底的に「当てる」に集中したアウトボクシングに徹し(多くのクロンク出身の選手も共通している)130勝ほどでKO・RSCはわずか「12」だけ。アマ時代日本の瀬川という選手が初回RSC負けしています。瀬川氏によると後であんな大スターになってびっくりしたとか。
ー氏は「開始直後、サミングで目をやられた。当時は握りの悪い長身のボクサーで、パワーもあまり感じられなかった」と語っていたのが記憶にあります(結局氏はそれで目を痛め引退)。ーそれはともかく、ケンティとハーンズ。同じようでも若干異なる。ケンティーは似たような細い体型ながら、ハーンズより下半身が安定し地にしっかり足がついていた。ハーンズのように(足が長くて細すぎるがゆえ)バランスを崩すようなことも少なく(ジミー・ポール(スピードは劣るけどその分よく伸びるジャブストレートは本当に強烈だった)やマクラレン(はまたの機会にじっくりと☆)に近いかも)、どっしりと安定した構えから強くて速い左でしっかりと打ち抜く。ワンツーの後はすかさずボディーに返しアッパーからフック、また離れてワンツー。これはハーンズはじめクロンク選手はいっしょ。
ーケンティが強打の新王者エルネスト・エスパーニャ(32勝(28KO)1敗、ベネズエラの「デュラン2世」(とあだ名されるほどのレベルではなかった)を滅多打ちにして9回ストップ(私がちょうど「マニア街道」まっしぐらになった頃、敵地での再戦。4回で完璧に返り討ち「もう寒かったなどという言い訳はさせないぞ!」懐かしいですね)。弟のクリサント(マラソン最高2時間17分台・30連勝(25KO)無敗・ロス五輪最年少(17歳)金・二階級制覇のスピードスター・メルドリック・テーラー(チャべスにあと5秒がんばれば勝っていた選手・24連勝(14KO)1分け(モントリオール五輪銀デービス戦)は私の大の贔屓選手(ホント、あのクリサントが負けるんですから世界は広い。いうまでもなくこれまた大ファンの「バズーカ」クォーティー(26連勝(22KO)無敗)に戦慄の10回ノックアウト負け。すざまじいKO劇で、あの衝撃とダメージが抜け切らなかったんでしょう。再起戦8回戦(判定勝ち)だけで結局引退してしまった。


またまたマンガ・アニメ「はじめの一歩」影響力の問題(むかしの「あしたのジョー」以上?):
さて、このわたしのブログを訪れてくれていらっしゃるみなさまにはわかると思いますがいかがでしょう?


ークロンクに限らず、あんまり「現実」「実在」のボクサーたちとは関係ないことが、あくまで個人的独語に過ぎませんけど。


ー皮肉にも私は、ボクシングで痛めた顎からくる頭痛の持病を長らく患い。むかし若い頃。あまりにひどいときは、日本に帰って入院していました。そのとき、読んでいたのが「はじめの一歩」でした。ちょうど20巻くらいまでだったかな?。確かに細かにいえばみえすいておかしいところばかりだったにせよ。無性に「練習」したくなったのも事実でおおもしろかった(他の三流ボクシングマンガ(例えばYoung・マガジン「天上天下唯我独尊」とか)より何しろ「絵」がきれいだし。スピード感やパンチ力などもよく伝わってきて一応ファンだったのも正直なところ)。今、思い出したけど他の病院の「喫煙所」には「タフネス大地」が置いてありました。何十年ぶりかに読んでみれば。「一歩」どころの話じゃない。バカくさくて読めたモンじゃなかった(むかしも別に真剣に読んではいませんでしたけど)。


ーともあれ、一本気で気合の入った「はじめの一歩」大ファン、またはそれに触発されボクシングをはじめた方も結構な数。直接、間接ともに知っております。ですので頭にきて不快に感じている人たちも少なからずでしょう。


ーとはいえ、上の私の文やいままで書いてきたことなどをあわせてみると娯楽・趣味用「フィクション」と改竄・捏造なし「ドキュメンタリー」(ルポルタージュ)の’割り切り’がある程度は必要なことも理解されましたかな?誹謗中傷・罵詈雑言のつもりはありません。
ーしかし近日、しばらく忙しさと生活上の問題からやや離れ気味だった「体の一部」であるボクシング熱が相変わらずの「懐古趣味」分野だけながら戻ってきた。その連動で実に頭にきて、ムカついているのも正直なところなのでわかって下さいませ(「アニメ」はまったく知らんかったし、こんなにも「影響力」が及んでいるのでちょっと「マニア」+「全敗元ふまじめアマボクサー」として一矢報いたい気持ちが抑えられんのですわあ~)。


ーちなみに「ジョー」もおなじく。何回も暗記するほどむかしは愛読してましたよ。もちろん「リングにかけろ」(はじめは純粋熱血「アマ」正統そのもの。ほぼ現実とおりに描かれていたボクシングマンガで背景もさびしく悲しいながら感動する話。すばらしかったのにねえ。「ブーメランフック」から「ギャラクティカマグナム」化おきまりのおかしな展開は残念)も「がんばれ元気」もあのタイトル忘れましたが、ビックコミック・スピリッツの「ヤクザ」がらみのヘンなのマンガも。「氷川」(最後死んじゃうんですよね?)だかってのとライバルが「アリ」とスパーしたりするやつも・あのときの能書きと講釈がのハチャメチャぶりにはさすがに首をかしげたけど。あとわずか2巻で終わっちゃったけど、週刊少年ジャンプ「テニスボーイ」「スキャンドール」作者の「KIDS」記憶喪失アマ32連続KO無敗男。モントリオール五輪代表・モスクワ不参加・そしてロス、さらにソウル五輪を目指す宿敵とデビュー戦で記憶が戻る。アル中の元世界ランカー3K労働おっさんが「英会話」で「レナード」との「スパー」をとりもったりするのも持ってました(笑)。


マンガ話はこの辺で。


最後に:
ーともあれ現実の「クロンク」や「デトロイトスタイル」「フリッカー」ジャブなどが(日本人にマネなんか絶対できないのはもうとっくに証明されてる=いずれ詳しく元日本ミドル級王者「千里馬啓徳」選手(神戸ジム)のデトロイト訪問・クロンク出稽古を参照(マクローリーに一発も当たらず軽く打った左フックでダウンを食らってました。クロンク式の練習などやってみたにせよ、全然ムリだった=逆効果だけ)、


・・・ザ’反則’間柴氏(の「デート」妨害嫌がらせのため、妹の携帯奪取に’悪用?’されたり)への「友情激怒」に燃えたザ’一撃破壊力’チャックあけ戦法’退歩’選手なんぞとはまったく関係ない。


ーやっぱり久しぶりにハーンズとケンティの感動的な場面にくわえ。ロス五輪金のアメリカ代表たちウィティカー、テーラー、ブリーランド、ビッグスが一人不幸な「反則負け」で「銅」に終わった若きホリーフィールドが誰よりも早くプロで戴冠。判定が読みあげられ、2-1で岩石男カウィを判定で破った瞬間、狂喜歓喜嬉しさ爆発でみんなで胴上げするシーンも含め。あんなミニスカキャバ嬢たちのパンチラをのぞいてみたり、美人先生の「麻酔注射」で「突起物」どうこうと・・・やっぱり気に入らんしまた荒れてきたよ。ふざけんなコラッ。「カマトト」なのか「知らねえ」のかだけでもはっきりしろこの野郎(特にてめえがゴチャゴチャやってるジムは俺の出身だ。ろくに調べもしてねえなら余計に許せねえ)少しは考えてみて下さい。ありもしないトレーニング方法やスタイル、ジムの形態やボクサーそのものはともかく


1、なぜ、ありもしもしない「シモネタ」「腰から下」を一面に出すのはどういうつもりのか?
2、確信犯的「カマトト」にしろど素人のむこうみず「でっちあげ」にしろ、ああいう描き方は何を目的あるいは狙ってのことなのか?


これぐらい問う権利ぐらいは。あなたが勝手にもてあそんでいらっしゃる「古巣のジム」に直接関係する元「日本人」のガイジン日系一世カナダ人ながら、おれにもあるはず。


「森川ジョージ」さまでしたっけ?あえて本名を名乗りましょう。山田修(1968年(昭和43年)11月16日・東京都目黒区出身)というものです。87年に日本を去りアメリカで2年、その後カナダに移住してモントリオールで永住権。五年住んで、以降は今のトロント(97年に帰化・市民権取得・日本国籍放棄)。はや北米在住も30年近くなりました。


またそのジムで本当にお世話になった亡き会長や崇拝する恩人の亡き先輩をここ。地球の裏、異国の辺境で思い出していたら腹がたってしょうがないので「ハーンズとケンティ」の「フリッカー」ジャブでもみて寝ることにします。


再びながら個人中傷や批判のつもりはまったくありません。純粋なイチマニアとして、率直な怒りの独語ぐらいにとっておいてください☆ 悪童アヤラより