boxingmaniaayalaのブログ

ボクシングマニア・悪童アヤラのページ

下の参照がわかる方にお勧め。

The G-man from Freeport Ilinois USA

Kronk Gold G.M 31W29KO3L His last fight at London in England/1995 He was 27.

速戦即決の「初回KO」男、G-man、We won't forget you☆忘れないぞ!!

突然の訃報(1998・享年39歳)・強かったロサリオ続観戦記

突然の訃報:近年のボクシング毒舌
ー一般向けの専門分野でのドサクサ紛れで触れましたが、忘れられない瞬間でした。
テリー・ノリスVSヴィンセント・ペットウェイ(ノリスの9回KO勝ち)
マイケル・バッファーの追悼声明から「起立して黙祷をお願いします」。わびしい10カウント(最近むしょうにムカついているむこうみず。素人考えの「マンガ」。「力石」のテンカウントなんぞとはまったく無縁。ぼくの青春はまさしく「チャポ」「カリー」「タイソン」とありました。すでに今のトロンと時代。
ー涙がとまらず、数日いや今もってして悲しさとさびしさは心を去りません。
ーバスケスが渡辺雄二戦で来日したとき、チャポだけじゃなくビクトル・ガジェハスもとりまきで来ていたのは感慨深く。また嬉しかった。みんなおそろいの「日の丸」鉢巻。チャポはすでに頭が「河童禿げ」ガジェハスもすっかり肥えとってたけどこういう「同僚」真の拳友たちをみるといつでもほほえましく。ピストン堀口の墓石「拳闘」こそ我命。
ーでもYoutube時代も功罪双方でしょうかね(笑)。信じられないような(「イーストアンドウエスト」「チャックモール」世代(笑)、むかしの試合が幾らでもみれる。だから階級乱立・得たいの知れない「タイトル」そして「WBA・WBC」だろうが「防衛」せず階級あげ)せいぜいクロフォードVSガンボアをみたくらい。あとはゴロフキン(*脚注)ぐらいでしょうか。むろんパッキャオ、ドネア、ムンディン、ザ・マネー(はみてません)・・・クリチコ、ロンマチェンコがせいぜい。あとはわがモントリオール(日本の往年「こだま」ぐらい(7時間ぐらい)「ひかり」レベルなら4時間試合、行ってみたい)ハイチ出身大男(特にスティーブンソン)。なんだかんでみてるんですね(^_^ ながら「日本」はさすがに全然知りません。井岡一翔すらみたことない。
ーあっさり返上してしまう傾向(インターだ暫定、スーパーチャンプなんてのにもなじめず)90年代末くらいまでしか。ついていけないボクシング。レナードの複数制覇(防衛なんぞ論外)グダグダが残した最大の負の遺産。タイトル保持・防衛軽視。
ブランブルを豪快にノックアウト・ベストファイトのひとつ:
正直ラミレスにストップされ、カマチョにも惜敗(いかに勝っていた内容とて負けは負け・タイソンVSダグラスといっしょ=逸話PS:(タイソンが笑顔をみせてリング入りしたのはチャべス戦はじめこのロサリオと同門時代。解説者もほほえましく語ってた)。かたや浜田もラミレスを希望するほど「固いガードを打たせておいて後半じわじわ出てきそうな選手」(本田会長や桑田トレーナーもブランブルのブロックをおそれ、浜田とは相性が悪いといっていた)。おまけに懸念(ルー・デュバ親子傘下を離れた・独立・同国人を迎え入れスタッフ一層)をもろともせず。あの難敵つかみどころのない「趙」クローリーを得意の後半戦13回で豪快ノックアウト(すごいKOでした=映像また紹介しますね☆ブレークの初黒星戦も出てきます。ほんとあらためて「感慨深い」ですね。ボクマガ・ワールドやゴングだった「バブル世代」古強マニアたちには)。いきあがるブランブル。でもボクマガ予想はワールド(ブランブル有利)と反対。「ロサリオやや有利か」が嬉しかったけど。
ー朝駅に自転車で「デイリースポーツ」をすっとんで買いに行き。「2回KOで奪回」とあってあんなに歓喜した瞬間は近年ではありえない。
ーでも例えば古い話。ながら高山勝義対アカバロ。祈りを捧げてるところに襲い掛かって(ゴング後だから反則ではない)振り向いたところに得意の左ストレートを叩きこんだ高山。以来アカバロをふくめアルゼンチンのファンは「卑怯な日本選手」というレッテルを貼られてしまったのは悲しい(高山は全然悪くないのに)。
ーロサリオも危うく。ブランブルがいきなり先制威嚇かダダダダと襲い掛かった。レフェリーが制止(これはルールの問題さながら適当な処置だったと思う)。
ー初回から絶好調。とにかくスピード重視・切れと俊敏さを磨き体型もヒットマッスルを極限まで細めて完成。させたカマチョ戦ほどのスピードはなかった(そのぶん一発一発の強打はいつも以上の威力だったが)。ただ旋回しながら「玉突き」ジャブで牽制。2回、ブランブルは試合後「サミング」と文句をいっていたが、ロープ際での鋭い左ショートアッパー(親指は当たっていない。ナックルをかえさない。まっすぐ打ちのアッパーでグローブの端(小指周辺)がかすめただけで反則ではない(むろん故意でもない)。
ーつづいてまた小さい(ながら迫力満点)右フックを浴びせる。左フックで大きく泳がせコーナーに吹っ飛ばす。それからの連打たるや・・・今度はキチンとボディーブローを組んでいた(カマチョ戦はチャンス(特に五回)勝負をあせりヘッドハンターになってしまった教訓から学んだ)。そしてあの「右」の豪快さたるや・・・。
ーむかしときどき見せたスポーツ好きながらボクシングはしらない友だちも「すげええなあ~すげええパンチ力」と呆気にとられていたののも懐かしい想い出。PS:チャべス戦や以降はまた続けますね☆
最後に:
その後、リングサイドでタキシードビール飲み飲み観戦しているアルゲリョ(すらビビッて対戦に応じず・カマチョ戦前・ランドールははじめアルゲリョのはずだった)を横目に同胞カマチョの取り巻き先頭にたってリング入り。ゴング前は手を叩き合って抱擁して健闘を祈っていた。
ー「はじめの一歩」だ「ジョー」だとこういうのは無関係にしか感じられない。浅はかな友情ど根性物語(しかも許しがたい「シモネタ」(梶原氏は古いから慎んだ)満載・あんなふうに誤解されたところから「ジム」プロ入り。まあ悪いメンばかりじゃないのは間違いなかろうが。あくまでマニアの支店から。
ー実に軽々しくとても「命賭け」のボクシングをやってる人間たちとは伝わってこないのは頑固オヤジだからだろうか(苦笑)。
ーわたしはアメリカの小さな街にいたとき。ジムに住み込んでいる南米二世の拳友といっしょに毎朝走った。韓国スタイルを学んだ(まさに往年の張正九・金光善・黄俊易そのもの・がっちり真正面でガードしリカルド・ロペスばりの半身(おおくの日本ジム)よりこっちが好きだ。いまでもトレーニング(オンボロ家地下のかび臭いところにバッグだけは欠かさずつるしてある。これなしには生きられない)は韓国スタイル式でやっている。
ー「一歩」=素人のおきまり「カミカゼ方式」
1、公園の「鉄棒」でウィービングの練習・しかもジムでのパンチングボールに鉛をいれ「ハノ字」によける反復トレーニング(これも描いて欲しかった)ムチャな「劇画」風式(ホント「カマトト」なのか「知らない」のかよおわからんちや(土佐弁と池田弁がときにでるのをおゆるしくだせえやあ旦那あ~江戸っこ二世でもありやすのでね(って四国弁とちがい、こんな言葉使ったことはありません(笑)。
2、ジャブとボディブロー、スパーリング(マスもふくんで)が徹底的に軽視されている(いわゆる通常の練習=この点でも天才早身氏=記者いわく「天才もめだたない地味な練習の反復・・・うぬぼれ屋ほどかっこtけるんじゃわ」はそのとおりでしょう。
ーあのメジシンボール肝臓打ち、みぞおち・・・いまだに打たれた後遺症といっしょに。感触新しい。
3、「フリッカージャブ」を妹の一歩氏とのデートを邪魔するため携帯を取り上げるのに使われている。「ギャグ」あるいは「おちゃらけ」以下のまたまた「三流」展開としかいいようないのでは(あんなんマジ、何がおもしれえのかさっぱりわかんねえよ・・・)。
ークエバスを見事轟沈させたハーンズ。人ごみをかきわけて先輩ケンティがハーンズにやっとたどりつき抱きしめる。二人で言葉を交わしながら涙を流している。こんなのが「ゲロみち」だ「小技チャックあけ戦法」で大笑いのやつらに(そんな「発想」「妄執」を浮かばす作者)などにわかろうはずもない。
ーキューバから命からがら亡命してきたガルベイを取り巻く笑顔のカサマヨールやウルタド。自分が試合のときは笑顔など一切みせない厳しい「戦う男」の真髄・表情。
また後で追加しますね。ありがとうございました。アヤラ